福智クリニック
福智寿彦
■精神医学の歴史
1)精神障害者を隔離
1656年フランスのビセートル、サルペトリエール。時代はルイ14世の時代、精神障害者、高齢痴呆患者、乞食、脳 器質性疾患患者のため「総合施療院」としてできた施設。
1729年アメリカのボストン私立救貧院。時代は西部開拓史の最中、当時植民地であったアメリカは精神障害者がいる と家族全員で対応しながら世話をしていたが、この施設ははじめて一般居住者から隔離するという形で精神障害者を 1ヶ所に集めた。
2)精神障害を治療しようという動きが始まった
治療的施設は、1751年イギリス、ロンドンの聖ルカ病院。ここでは患者を管理する事が薬物療法より効果あるという 認識のもとに患者を治療のために集めた。そして精神障害は治る病であると認識していた。
3)フランスの精神科医、ピネル
1795年、ピネルがフランス、サルペトリエールの管理者になり興奮する患者が拘束されていた鎖を廃止、興奮して暴 れる患者には拘束衣という体を傷つけない方法で鎮静化を図った。また病院として治療を行い温浴療法等で症状を鎮 めることを模索し始めた。1801年にピネルが記した本には
「希望のないように見える人達の社会復帰の希望が見えてきた。 病状により隔離が必要な場合もあるが、理性の能 力を発展させる指導が必要な場合もある」
と社会復帰への情熱を示していた。
ピネルは近代精神医学の祖と言われている。
4)アサイラムの誕生
ピネルの弟子エスキロールが
「外の世界から隔離された施設の中にいる事は有益な効果を生じ、家族や友人から離れている事が患者の生活を支配 していた以前の不健康な感情から患者を解放することに大きく寄与する」
と感じていた。その後施設(当時はアサイラムと呼ばれていた)は欧州中に広まり治療的アサイラムの組織化がなさ れた。
「精神科の患者が、騒ぎや騒音を離れて楽しめる静寂と、職場や家庭の問題から離れて得られる心の安らぎは、彼らの回復に非常に役立つものである。規則正しい生活、訓練、よく練られた規律に従う事により、自分たちの生活に変化を反映させるようになる。適応し、他人と上手くやっていき、悩んでいる他の患者と一緒に暮らすことの必要性は、彼らが失っていた理性の回復を成し遂げるための強力な味方である」
例えば、中央ヨーロッパのアサイラムでは午前5時起き、すみやかに洗濯、朝食を済ませ、6時からの1時間“患者の理解できる箇所の聖書”を読む宗教的啓発。日中は、木を切ったり、軍事教練をしたり絵画のクラス、地理学のレッスンをして、夕方7時から“わずかばかりの賞品付の玉転がしゲーム”を行うという生活。
このアサイラムは、ヨーッロッパを中心に爆発的に世界に広がった。
5)アサイラムの限界
しかし、このアサイラムの隆盛は第1次大戦頃より善意が悪い結果に終わってしまった。アサイラムが「慢性の患者 と痴呆患者のだだっ広い倉庫」になってしまった。
例えばアメリカのある施設の年間新入院者数が1820年には31人で総入院患者が54人であった施設が、1870年には年間 新入院患者が182人になり総入院患者が473人になった。このように各地で治療を求める患者が殺到し受け皿がパンク してしまった。医師の数も足りなく、治療が雑になり、放置される患者が多くなった。
6)統合失調症(精神分裂病)という疾患の認識
ブロイラーが1908年「精神分裂病」の疾患概念を提唱してそこからはじめて治療法が確立されてきた。
一方、精神分裂病でない精神的な病、具体的にはそううつ病とか神経症(ノイローゼ)は明らかに精神分裂病と異な るという事もわかってきた。
7)精神科医は神経症(ノイローゼ)の治療へ
当時治療を受けられるのは中産階級の比較的豊かな人のみで、医師の方もアサイラムで勤めるよりも高額の医療費を 得られる私立クリニックを開業し、精神療法主体で一人一人の患者さんを主に会話で治療しようとした。当初は神経 症(ノイローゼ)のみを対象にしていてそれなりの成果も得てきたが、精神分裂病、そううつ病、人格障害の人達が 神経科医にかかるようになり、症状が良くならないという結果になった。
8)神経科医が統合失調症の治療にあたった時代
そこで、神経科医を名乗る人たちは治療法の変更を余儀なくされた。水治療法、温熱療法、松葉浴、その他の入浴 法、電気刺激療法、マッサージ、理学療法などいろいろ取り入れられた。つまり末梢神経を刺激する事により中枢神 経系(脳)による症状をも治療しようとした。
9)精神病院の治療能力低下そして薬物療法への注目
1903年から1933年の間に、アメリカの精神科施設に閉じ込められていた患者は14万3千人から36万6千人へと2倍以上 になった。しかも精神病院が大きくなるにつれその治療的能力は低下していった。
イギリスでは患者の回復率は、1870年の40%から1920年の31%に下がった。アサイラムは次第に精神病院と言われる ようになってきたものの病院とは名ばかりの収容施設と戻ってしまった。
そこで、薬物療法に目が向けられるようになってきた。幕開けは1917年の神経梅毒の精神症状に対するマラリアによ る発熱療法であった。
10)マラリアの発熱療法
1917年5月マラリアに罹患した兵士の血液の一部を神経梅毒の患者たちに注射した。1917年12月患者は改 善して退院した。1927年ワグナーはノーベル賞を授与された。
その後、阿片、モルヒネ、幻覚剤、覚醒剤、睡眠薬、麻酔薬等が治療に用いられたが一時的効果のみで副作用のため 症状が悪化する事が多く中止となった。持続睡眠療法として数日間眠らせる方法が一時採用された事がある。しか し、誤嚥による死亡や耐性の問題のため治療法としては消失した。
11)薬物治療の始まり
1951年外科的麻酔薬としてフランスのローヌ・プーラン社がクロールプロマジン開発。外科医ラボリが精神的に 落ち着く作用がある事に気付き論文に掲載。1952年パリの精神科医でサンタンヌ精神病院のジャン・ドレーとピ エール・ドニカーが8人の精神分裂病患者に投与し効果を証明。ここに現在の精神科薬物療法の原点がある。クロー ルプロマジンは一般医学におけるペニシリンの導入にも比べられるような、精神医学の革命であった。
12)デイケア(デイホスピタル)の誕生
1942年イギリスのリーズらが「社会精神医学」という用語を使い始めた。ここで強調されたのが、患者自身が力 をつけること、生活が健全になる事、好ましいコミュニティ関係によって悪い人間関係の結果生じたものを改善する 事であった。したがって病院は、治療的コミュニティの核である集団精神療法にとって完全な場所ではなかった。こ こで、外来患者部門である精神科的ディ・ホスピタルの概念が生まれ、患者はグループセッション、カウンセリン グ、作業療法をはじめ、治療への包括的なアプローチとなるその他のサービスを求め集まってきた。
デイ・ホスピタルは、入院に比べて人間的で費用のかからない代わりの方法として直ちに人気を博した。1951年 から次々と創設され1959年までにイギリス内で38ヶ所できた。この運動は「治療には患者の社会的環境全体と 彼の社会関係全体が含まれねばならない。患者は個人としてだけでなく、コミュニティの一員としても治療されなけ ればならない」
13)アメリカにおいての失敗
1963年のケネディ大統領による精神衛生法の施行で合衆国では、入院患者数が1955年55万人から1988 年には10万人に低下し30年間で80%以上減少した。薬物療法により脱施設化が進み、入院せずに治療を受ける ことができるようになった。
ケネディの立法により大量にコミュニティ精神衛生センター(CMHC)が誕生し、これらが退院した患者らの在宅 治療の受け皿となると期待された。しかし、CMHCはすぐに大きな問題なく暮らしている人達のための精神療法セ ッションの場になってしまい、脱施設化の最初の10年に精神病院のドアから放り出された症状のある患者を、受け 入れるための管理的な準備はまったくなされていなかった。
CMHCはイギリスや大陸で提供されているデイケアとは全くと言って良いほど似ていなかった。したがって脱施設 化は、合衆国での「州の恥」となり、ホームレスの3分の1がまともな生活を送れず、庇護や仕事を見出せない精神 病者であった。その他の退院患者は犯罪司法体系の管轄下に移行し、ある研究では、郡の監獄の収容者の14%が以 前に精神科治療を受けていた人であった。アメリカの「コミュニティ精神医学」は悲劇に終わった、つまり生活能力 に欠けるアサイラムの患者が大量に退院させられたことは、街頭での手荒な扱いに見舞われた。
■現在は?
このような歴史をたどってきた統合失調症の治療環境であった。
医学の発展に伴い、生物学的にかなりの部分が判明されてきて治療法が確立されつつあり治る疾患となってきた
■統合失調症(精神分裂病)とは?
幻覚、妄想、まとまらない会話、対人関係の悪さ、感情の平板化、意欲の欠如を示す10歳代後半から30歳代に発 病する脳の病気。
人口の約1%
遺伝的関与:片親が統合失調症の場合子が統合失調症になる可能性は14%、両親が統合失調症の場合は25%。
脳の機能の障害
(身体障害は、脳または末梢神経の器質的障害)
思考・学習・対人関係などに持続的なハンディキャップをもたらし現時点では全快は望めないが、最新の治療を受け ることにより症状は改善し、日常生活に支障がなくなる。
■統合失調症を引き起こすと考えられる要因
純粋な遺伝的な要因
遺伝的でなく、生物学的な要因
子宮内での分娩時外傷
脳内ウイルス感染
遺伝的な脆弱性 + 心理社会的なストレス
■統合失調症の発症
通常15歳から40歳の間にみられ
脳の発達が活発な思春期に起こり
最初の2〜3年の間に進行性に症状が悪化する
幻覚、妄想は薬物療法により容易にコントロールされる
社会から孤立して閉じこもる症状のコントロールは薬物療法では難しい
■統合失調症は晩年期には改善する
■良好な予後と治療要因
発症直後に適切な治療を受けられること
薬物療法に対する良好な反応
心理社会的リハビリテーション(薬物療法以外の社会で生きていくための練習)が受けられること
■良好な予後と患者個人の要因
問題解決と対処の技能(落ち着いて判断できるか?)
社交技能と人間関係(多くの友人を作れるか?)
過去における成功した経験
自信
勇気
■良好な予後と家族の要因
家族が病気を理解していること
家族が適切な治療を受けられるように協力すること
家族が患者に回復の機会を積極的に与えること
■良好な予後と社会的な要因
精神障害者を一人の尊厳ある社会人として受け入れること
精神障害者を地域社会の行事に進んで参加させること
機能回復に必要な施設を提供すること
社会に貢献できる機会を提供すること
■治療戦略
薬で症状をコントロール
人間関係を作る
症状を管理する技能を教える
失われた生活能力を補う技能を教える
個人に固有な能力を最大に引き出す
■統合失調症(精神分裂病とは)
誰かの過失が原因ではない生物学的な疾患
患者本人と家族に苦しみをもたらす
ハンディキャップにはなるが、廃人になるわけではない
回復する疾患
新しい治療法により回復するものが多くなっている
我々は、様々な手段により援助することができる
■統合失調症患者の生活(アメリカの場合)
■日本の精神障害者治療環境
日本において今後10年間で全科の140万床のベッドを50から60万床に減らすと厚生労働省は発表した。ベッ ド半数は精神科。
精神科においてはさしあたり現在退院できる患者は7万2千人であり彼らを退院させる計画。
精神科の6ヶ月以上の長期入院に対して患者自己負担が月数万円増えた。一方で、精神障害者社会復帰施設の拡充も 進まず、既存のデイケアの診療報酬は下がり、外来診察時の診療報酬もトータルで減少した。
■最後に
我々にできること
統合失調症について正しい知識を得ること
適切な治療法を見つけ出すこと
治療に適切な環境を作ること
患者家族全体の健康を保持すること
