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はじめに
境界性人格障害(BPD)は臨床現場で頻繁に遭遇し、治療に困難を極めることもめずらしくなく、本邦でも様々の臨床的な格闘の末に得られた貴重な精神療法の成果が幾つかの成書として発刊されている 3),8) 。しかし、その対応は一筋縄ではいかないことが多く、その際、少なくとも一部の患者では薬物療法が貴重な手助けとなることも経験される。
境界性人格障害における薬物療法にはいまだ定まった指針はない。2001年アメリカ精神医学会(APA)が、初めて境界性人格障害の治療に関するpractice-guideline 1) を作成し、公表すると共に海外において、本病態に関する薬物療法の研究発表 5),6),10) があいついでいる。
われわれは、APAのpractice-guidelineに則り、薬物使用に関して、予想される副作用と期待される効果を説明し、SSRIや非定型抗精神病薬の投与に納得が得られた境界性人格障害患者に限ってSSRIや非定型抗精神病薬投与を行ってきた。
このような症例の中でperospironeが追加投与された症例について、その後の経過をカルテより後方視的に研究し、その有用性を検討したのでここに報告したい。
なお、perospironeは、本邦で開発された唯一の非定型抗精神病薬であり我々も統合失調症におけるperospironeの検討において、本薬剤が他の非定型抗精神病薬と比較してもとりわけ副作用の面で患者の負担が少ない薬剤であることを経験している。 2)
対象と方法
後方視的研究の対象としたのは、福智クリニックを受診した外来例で、境界性人格障害と診断された症例で、1)既に当クリニックで、あるいは当クリニックを受診する以前に最低半年以上の精神科通院歴があり、十分な症状の改善が見られていない、2)SSRIや非定型抗精神病薬の副作用、効果を説明し、その服用に同意が得られている。3)第1選択薬としてSSRIによる薬物療法を行っても各種問題行動や精神症状に充分な改善が認められずperospironeが追加投与されている、4)過去に非定型抗精神病薬を含む抗精神病薬の投与を受けていない、5)perospironeを6ケ月間または寛解まで継続して服用し、6)perospironeの投与中は抗うつ剤や抗精神病薬の追加投与や精神療法の変更はしていない。7)主治医が変更されていないという条件を満たした症例とした。
症状評価には社会的不適合と攻撃性尺度(SDAS)、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)、ハミルトン不安評価尺度(HAM-A)を用い、perospirone投与開始前と投与開始6ケ月後または、投与中止時、寛解時に主治医が個々のカルテに記載されていた症状記述により評価した。
第一選択薬としてSSRIが選択され、その後perospironeが追加投与されていた症例は14例であった。その内2例は、投与3ケ月後にperospironeは、他の薬物に変更されていた。また1例は投与5ケ月後に寛解状態となり、薬物の投与は中止されていた。perospironeが6ケ月継続投与されていた症例は11例であった。
Perospironeが他剤に変更された2例は3ケ月後の評価を、投与5ケ月後に寛解状態となった1例は5ケ月後の評価を、他の11例については6ケ月後の評価を行い最終評価とした。なお、有意差の検定については、対応のあるt検定を用いた。
患者背景
14例の年齢は、16歳から40歳(平均年齢26.1歳)、性別は、男性1例、女性13例であった。Perospironeの初回の投与量は1日4〜12mg(平均投与量7.1mg)、6ケ月後ないし最終評価時の投与量は1日4〜16mg(平均投与量7.7mg)であった。
結果
14例の各症状評価尺度の平均値はSDAS合計点30.7→11.3(P<0.001)、HAM-D合計点29.8→13.4(P<0.001)、HAM-A合計点は25.5→9.9(P<0.001)といずれも有意に改善していた。(表1)

考察
今回、精神療法的アプローチとSSRIの投与によって改善されなかった問題行動や精神症状の変化を評価するためSDASを用いた。SDASはWistedらにより開発され 9) 、兼本らが翻訳したもので、精神症状による社会的な不適合の程度と、攻撃性を評価する尺度とされ、11項目からなっている。
Perospirone投与例で、6ケ月後のSDAS得点は有意に減少していた。
項目別では、「対象者が特定されている言葉による攻撃性」、「社会的に不適切な行動」「自傷行為」、「器物への暴力」、「自殺念慮、自殺衝動」の5項目の改善が大きかった。
HAM-D、HAM-Aについては、perospirone投与前より得点が低かったが、6ケ月後、さらに有意に減少していた。
APAが提唱した境界性人格障害の薬物療法に関するアルゴリズムでは、情緒調節障害症状(情動不安定・不安・焦燥・抑うつ・不適切な怒りの爆発など)、衝動制御不良症状(過食、自傷など)には、SSRIもしくはそれに類似した薬剤が第一選択薬として推奨されている 1) 。しかし、Rinneら 5) が、境界性人格障害を対象にfluvoxamineを用いて行った二重盲検比較試験の報告によれば、気分の易変性はplaceboに比べ有意に改善したものの、攻撃性と衝動性に関してはplaceboと差がなかったと報告している。
一方で、非定型抗精神病薬のolanzapineとrisperidoneが境界性人格障害の衝動性や攻撃性に対して有効であることが既に報告されている。Zanariniら 10) は、28名の女性患者でolanzapineとplaceboの二重盲検比較試験を行い、認知の歪み、衝動性、などの項目でplaceboに対して有意に症状が改善したと報告している。Roccaらも 6) 、外来患者15例に対して、risperidoneを投与し、攻撃性のスコアが有意に低下したことを報告すると同時に、risperidoneのセロトニン系とドパミン系への作用が、攻撃性の低下に関与した可能性を指摘している。
境界性人格障害の生物学的背景について、Soloffは 7) 、PETを用いた研究で、境界性人格障害患者の衝動性と前頭葉前部皮質におけるセロトニンの機能異常の関連性を指摘している。
Perospironeはrisperidoneと同様にセロトニン系とドパミン系に作用する薬剤であり、4)これらの作用がperospironeによる衝動性や攻撃性の軽減に関与したのではないかと考えられる。
しかし、今回のわれわれの後方視的研究は、perospirone単独投与によるものではないこと、さらに薬剤投与とともに行なわれていた精神療法的アプローチの評価がなされていないことなど、その評価については今後の追試が必要であるが、少量の追加投与では特に副作用の発現を見なかったことを考えあわせれば、境界性人格障害の攻撃性等に対して、perospironeの投与は試みる価値のある治療方法の一つであると考えられた。
文献
1)American Psychiatric Association: Practice guideline for the treatment of patients with Borderline Personality Disorder. Am J Psychiatry 158,2001
2)Fujita K, Fukuchi T, Kanemoto K: The switch from risperidone to perospirone in patients with chronicschizophrenia. Clin Drug Invest 24:295-299,2004
3)成田 善弘:精神療法の経験 金剛出版(東京),1993
4)大野 行弘:新規精神分裂病治療薬ペロスピロン(ルーラン)の研究開発.日薬理誌 118:39-42,2001
5)Rinne T, Brink VW, Wouters L et al :SSRI Treatment of Borderline Personality Disorder: A Randomized,Placebo-ControlledClinical Trial for Female Patients With Borderline Personality Disorder. Am J Psychiatry 159:2048-2054,2002
6)Rocca P, Marchiaro L, Cocuzza E et al: Treatment of Borderline Personality Disorder With Risperidone. J Clin Psychiatry 63:241-244,2002
7)Soloff PH,Meltzer CC,Greer PJ.et al:A fenfiuramine-activation FDG-PET study
of borderline personality disorder, Biol.Psychiary 47:540-547,2000
8)鈴木 茂:人格障害とは何か 岩波書店(東京),2001
9)Wisted B, Rasmussen A, Pedersen L et al: The development of an observer-scale
for measuring social dysfunction and aggression. Pharmacopsychiatry23:249-52,1990
10).Zanarini CM, Frankenburg RF:Olanzapine Treatment of Female Borderline Personality Disorder Patient:A Double-Blind, Placebo-Controlled Pilot Study.
J Clin Psychiatry 62:849-854,2001
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